残憶記

どう過ごしたか記憶が残らない日々を過ごしているわたしが、何かをしていたことを少しでも記録するブログ。

廣瀬陽子『未承認国家と覇権なき世界』

廣瀬陽子『未承認国家と覇権なき世界』(NHKブックス、2014年8月)を読み終えた。

2014年2月以降続いている、ウクライナ統治機構の混乱を目の当たりにし、なぜあれほど短期間にクリミアがロシアに編入されてしまったのかという自分の関心に応えてくれそうだったため、本書を手にした。

 「領土保全」、「民族自決」という、しばしば相反する教義を戴く現代主権国家体制下の問題として、未承認国家の存在を位置付け、その存在について、国家とは、ナショナリズムとは何かといった理論的な面についての解説とともに、実地調査での成果を芯に据え、主に旧ソ連圏の未承認国家の現状について、つぶさに伝えていた。
 実地調査による論展開により、外野から眺めた、主権国家のイメージから不足要素を引き算してイメージしていく未承認国家論に終始せず、何がそこにあるのか、そこに生きる人が「国家」に何を感じているかまで踏み込んだ報告がされているように感じられ、興味深かった。

 本書を通じて感じた疑問は、未承認国家は主権国家体制の限界の一つの現れなのか、という点。
 モンテビデオ条約を引き、国家の要件、特に広範な国際承認が得られていない点から未承認国家を主権国家体制の外部とみなす議論運びに読めたが、全地球上が主権国家によって覆われたことは過去なく、少なくとも現代までの100年の間に、主権国家間で係争関係にあった領域を国際管理、緩衝国化、共同管理といった、国際政治的な調整の下での統治アイディアは何度も試みられてきた。それらは主権国家体制の限界ではなく、領土保全原則下で各国家の自己保存上の利益を維持するための政治的な知恵と交渉による結果であり、未承認国家もその一つではないのか。
 これは著者の叙述に裏付けられるものであるが、未承認国家は、アメリカ、ロシアのような大国の軍事的プレゼンスの維持に役立ち、また闇経済のルートになることで誰かしらの利益につながる存在である。結果として、現行の国際秩序内部で存在意義があるために、「存続させられ続けている」のである。主権国家体制の外でも限界でもなく、明らかに、主権国家体制の維持、柔軟な運用を目的とした政治的な知恵の結果である。
 また、未承認国家を問題とし、それを解決する動機が書かれていたが、これを弱いと感じた。国際社会が紛争多発地帯を放置するのはリスクであるという議論は、誰にとってどう問題なのかと言う点が必ずしも明確ではなく、問題提起なのかどうか理解できなかった。

 未承認国家が存続させられているという見方は、いわゆるリアリズム的な世界観に通ずるものであるが、未承認国家を含む、国家をテーマとする議論の難しさは、国際関係論の秩序観と、国家の存在理由をそこに生きる人間の存在に還す国民国家に関する議論とをどう整合させるかという点だ。
 本書は、実地調査により、そこに生きる人々の声を完全ではないにしろ拾う調査を行っていた。そして、欧米によるコソヴォの承認以降、ロシアがリアリズム的な思考法の下で、住民のアイデンティティから積み上がる民族自決の議論を利用しながら、未承認国家を設置していった流れを描いていた。
 これらは国家の独立に関する政治学の要点である2点を抑える大事な構成であったことから、本書内でも、より意識的に整理されていると良かった。1章ごとに議論が拡散していたように感じた。
 
 いろいろ書いたが、これだけ書けるくらい勉強になったのは、事実だ。
 未承認国家は主権国家体制の落胤ですね。
 旧ソ連の未承認国家は国家らしい未承認国家だったが、今度は破綻国家から生まれた未承認国家であるソマリランドについて調べてみようと思った。
 知的刺激から遠ざかっていたが、楽しい時間でした。ありがとうございました。

未承認国家と覇権なき世界 (NHKブックス)

未承認国家と覇権なき世界 (NHKブックス)